こんにちは、リコです。
子どもの奪い合いというのは切ないものですが、その後について、男女でなんとなく傾向が分かれるような気がしています。
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子どもの体はひとつしかない
日本の民法は、これまで
1 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。
民法第819条
と定めており、離婚後に親権者になれるのは、父母のどちらか一方だけでした。
もっとも、民法が改正され、
1 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定めなければならない。
2 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。
民法第819条
と定められ、令和8年4月1日以降は、離婚後に父母双方が親権者となることも可能となりました。
もっとも、離婚するということは、夫婦は今後別々に暮らすということです。
そして、子どもの体はひとつしかありません。
そうすると、アメリカのように週の半分ずつで子どもが父母のもとを行き来することはあまり現実的でないため、
離婚後に子どもと一緒に暮らせるのは、基本的に父母のどちらか一方だけです。

父母の家がすごく近所とか、子どもに負担がかからずに実現可能なのであれば、半々くらいで子どもが父母のもとを行き来するということも可能ですし、将来的には日本でもそういうケースは増えてくるのかもしれません。
そのため、双方の子どもに対する愛情が強ければ強いほど、監護権(子どもと同居して子どもを監護する権利)をめぐる争い=子どもの奪い合いは激化することになります。
離婚後に双方が親権者となる選択肢ができたとはいえ、実際には、監護者が決まってしまえば、離婚後も監護者が子どもと一緒に暮らすケースが多くなるからです。
争いの後
母親の場合
まだまだ多くのケースで勝つのは母親ですが、育メンの増加とともに、母親が負けるケースも増えてきている印象があります。
母親は、調査官による調査の結果が出た後など、負けそうだな、ということがわかった段階で、
どれだけ親子交流を充実させられるか
という方向へ考え方をシフトさせる人が多いです。
たとえ子どもと一緒に暮らせなくても、離婚後もなるべく子どもと会える機会を確保しようとするわけですね。
なので、手続上も、最後まで争うのではなく、
あなた(父親)の監護権を認めるから、なるべく多く子どもと会わせてね・・・
という形で和解をすることが多いです。
父親の場合
他方、父親は、最後まで(裁判所が結論を下すまで)戦い抜いて、
その後はもう子どもと会わない
という選択をする人が多い気がしています。

子どもと一緒に暮らせないのなら、子どもに会っても辛いだけなので、もう会いません!
もともと監護者指定は、父親側で勝つのは相当ハードルが高いので、依頼を受ける段階で、かなり勝率が低いことは伝えています。
なので、監護者指定に挑む時点で、
負けると思うよ・・・
という周囲の声にもかかわらず、

それでも自分なら勝てる!
と思って臨んでいるわけです。
どうせ負けるからと挑まない父親よりも思いが強いからでしょうか、実際に負けると心が折れてしまうようです。
子どものためには・・・
やはり、この違いは、

実際に子どもを産んでいるかどうかに起因するのかな?
とか思ったり。
実際にお腹を痛めて子どもを産んだ母親は、たとえ監護者になれなかったとしても、子どもを自分の人生から消すことは考えられないけれど、父親は、監護者になれないなら子どもを自分の人生から消すという選択をする人も結構いるということなのかなあ、と。

もちろん例外はあると思いますが。
父親の心情として仕方ないのかな、とも思うのですが、もう会わないという選択をした途端、

婚姻費用も養育費も払いたくありません!
とか言い出されると、オイオイってなります。。。

監護者指定の争いを起こすほど子どもへの愛情が強かったはずなのに、負けた途端に、もう会わない、子どものためのお金も払わない、というのはなんだかなあ・・・
という気持ちが拭えません。
子どものためにも、監護者指定の争い後も充実した親子交流を実現できるケースが増えればいいなと思う今日この頃です。


